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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1154号 判決 1979年8月28日

控訴人

高橋鉄三

右訴訟代理人

福田浩

被控訴人

森清

被控訴人

鈴木重則

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人が被控訴人森清に賃貸している別紙物件目録記載(一)の土地の地代が昭和四八年七月一日から月額金一万三〇二九円であることを確認し、控訴人が被控訴人鈴木重則に賃貸している別紙物件目録記載(二)の土地の地代が昭和四八年七月一日から月額金一万九〇七八円であることを確認する。

控訴人の被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その三を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が被控訴人森清に対し本件(一)の土地を賃貸し、被控訴人鈴木重則に対し本件(二)の土地を賃貸していること、右各土地の地代がその月分を当月末日に支払う約定であつたこと、右各土地の地代が昭和四八年五月末日当時被控訴人森につき月額九九六一円、被控訴人鈴木につき月額一万四〇九二円であつたこと、控訴人が昭和四八年六月七日ころ被控訴人らに到達した書面をもつて被控訴人森の地代を月一万四一六七円に、被控訴人鈴木の地代を月額二万〇七三七円にそれぞれ増額する旨の意思表示をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

被控訴人森は、昭和二四年四月一〇日控訴人から本件(一)の土地を賃借し、同年暮ころ右土地に建物を建築したと主張し、当審における本人尋問において右主張に符合する供述をしているが、右供述は<証拠>と対比してたやすく信用することができず、乙第一二号証には、「控訴人所有地二〇坪を一坪二五〇〇円、合計五万円(権利金)を支払金としたことを立会人として証明する。昭和二四年四月一〇日。立会人大川亥之助」と記載されているけれども、<証拠>と対比して信用することができないし、他に被控訴人森の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、被控訴人森の原審における「被控訴人森が早くとも昭和二五年七月一五日ころ右地上に建物を建築したことは認める。」との陳述が事実に反し錯誤に基づいてしたものであるとの証明はないことに帰するから、被控訴人森の当審における自白の撤回はこれを許容することができない。してみれば、被控訴人森が早くとも昭和二五年七月一五日ころ本件(一)の土地の上に建物を建築したことは、右当事者間に争いがないことになり、原判決事実摘示のとおり、原審において控訴人と被控訴人森との間では本件(一)の土地の地代につき統制令の適用の有無が明白に争われていたところであり、被控訴人森が同地上に家屋を建築した時期が早くとも昭和二五年七月一五日頃であるとの控訴人主張事実を同被控訴人が認めたうえで、同人ら間の借地契約の時期が昭和二四年四月一〇日であることをもつて統制令が適用されるべきであると主張している点から見れば、右当事者間においては、統制令適用除外の場合を規定する同令第二三条第二項第二号にいう昭和二五年七月一一日以降に新築に着手した建物の敷地に当たるか否かを念頭において主張並びに答弁がなされたものと解せられるから、被控訴人森が同地上に家屋を建築した時期が早くも昭和二五年七月一五日ころであつたとの控訴人の主張は、同家屋の新築に着手した時期が早くも右年月日ころであつたとの事実を主張する趣旨と解せられ、被控訴人森としてもその趣旨を十分理解してこれを自白したものと解すべきである。しかして、<証拠>によれば、控訴人は、被控訴人森との間で本件(一)の土地につき普通建物の所有を目的とする賃貸借契約を締結していた事実を認めることができる。

また、被控訴人鈴木は、大正一二年一〇月訴外幸中寅之助から本件(二)の土地を普通建物の所有を目的として賃借し、そのころ右地上に建物を建築したと主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はないから、被控訴人鈴木の右主張も採用することができない。かえつて、<証拠>によれば、被控訴人鈴木は、従前の建物を改築するに際し、昭和三九年一二月一〇日改めて控訴人との間で本件(二)の土地につき普通建物の所有を目的とし、期間を二〇年とする賃貸借契約を締結するに至つた事実を認めることができる。

してみれば、本件(一)の土地及び本件(二)の土地については、いずれも統制令の適用がないものというべきである。

二そこで、本件(一)の土地及び本件(二)の土地の適正な賃料について検討する。

(一)  <証拠>によれば

(1)  控訴人は、昭和四五年八月に分筆する前の東京都品川区大井三丁目四一六五番五の宅地を被控訴人らのほか、訴外牧田光広、同増田春吉、同小俣登、同栗田金次郎にいずれも普通建物の所有を目的として、その各所有建物の敷地を区画して賃貸していたが、右各賃貸地の地代を容易に算定する方便として、右昭和四五年八月右四一六五番五の宅地を右各賃貸地ごとに区画して分筆したこと、したがつて、右分筆により分筆後の各土地は、個別的に固定資産税の課税標準である固定資産の価格が固定資産課税台帳に登録されることとなつたが、そのため北側において幅員約一二メートルの歩車道の区分のある公道に接している本件(一)の土地及び右北側公道に接し更に東側において幅員約四メートルの歩車道の区分のない公道に接している本件(二)の土地の右各登録価格は、分筆後の他の各土地のそれと比べてかなり高額なものとなつたこと

(2)  本件(一)の土地及び本件(二)の土地の地代は、いずれも一坪当たり昭和三八年一月から昭和三九年四月まで六〇円、同年五月から昭和四一年四月まで七八円、同年五月から昭和四二年三月まで一〇〇円、同年四月から昭和四四年五月まで一四〇円、同年六月から昭和四五年五月まで一八五円、同年六月から昭和四七年四月まで二〇〇円の各割合で算出されていたが、控訴人は、同年五月分以降の地代につき、「地代家賃統制令による地代並びに家賃の停止統制額又は認可統制額に代るべき額等を定める」建設省告示(昭和四六年建設省告示第二一六一号)による地代算出方法を参考とし、右告示に定められた課税標準額に乗ずる係数一〇〇〇分の五〇を一〇〇〇分の五五と修正したうえ、課税標準額に右一〇〇〇分の五五を乗じて得た額、固定資産税額及び都市計画税額の合計額に一二分の一を乗じて得た額をもつて月額を算出し、被控訴人森に対しては月額九九六一円(坪当たり約五四一円)、被控訴人鈴木に対しては月額一万四〇九二円(坪当たり約五八〇円)にそれぞれ増額する旨の意思表示をなし、被控訴人らは右増額を承諾して、昭和四八年五月まで右各地代を支払つたこと

(3)  昭和四八基準年度における固定資産税課税標準額は、当初本件(一)の土地につき二二八万八一六八円、本件(二)の土地につき三三五万九九一一円とそれぞれ固定資産課税台帳に登録されたが、本件(一)の土地及び本件(二)の土地がいずれも都市計画法に基づき指定された都市計画街路予定地に該当していたところから、右各土地につき減価処理が行われ、同基準年度における固定資産税課税標準額は、後に本件(一)の土地につき二一二万四七二七円、本件(二)の土地につき三一一万九九一八円とそれぞれ修正されて登録されるに至つたこと、しかし、右減価処理は同年八月以降において事務処理が行われたので、控訴人は、同年六月七日、右修正前の各固定資産税課税標準額に一〇〇〇分の五五を乗じて得た額、固定資産税額及び都市計画税額の合計額に一二分の一を乗じて得た額をもつて被控訴人らの各地代月額を算出し、被控訴人森に対しては月額一万四一六七円(坪当たり約七六八円)、被控訴人鈴木に対しては月額二万〇七三七円(坪当たり約八五四円)にそれぞれ増額する旨の意思表示をするに至つたこと

(4)  控訴人は、右(2)の昭和四七年五月分からの地代増額請求及び右(3)の昭和四八年六月の地代増額請求については、被控訴人らに対してしたばかりでなく、前記訴外牧田、同増田(右(2)の増額当時から借主は訴外増田一夫となつた。)、同小俣、同栗田(右(2)の増額当時から借主は訴外栗田吉夫となつた。)の各賃借人に対しても同様の方法によつて各地代月額を算出し、同様に各地代増額の請求をして、右各増額地代の支払を受けていること

(5)  不動産鑑定士訴外堀内繁樹は、原審において昭和四八年六月三〇日当時における適正賃料の鑑定を命ぜられ、各当事者間の限定賃料としての継続賃料として、本件(一)の土地につき月額一万一八五四円(一平方メートル当たり一九五円)、本件(二)の土地につき月額一万六四一四円(一平方メートル当たり二〇五円)とそれぞれ鑑定評価したこと

鑑定人訴外堀内は、右鑑定評価の理由として、まず、比準賃料につき一平方メートル当たり本件(一)の土地については月額一四〇円、本件(二)の土地については月額一四五円と評価し、次に、積算賃料につき、これを前記固定資産税課税標準額の修正の前後に分から、修正前においては、一平方メートル当たり本件(一)の土地については月額二一七円(合計一万三一九一円)、本件(二)の土地については月額二三九円(合計一万九一三六円)と評価し、修正後においては、一平方メートル当たり本件(一)の土地については月額二一〇円(合計一万二七六五円)、本件(二)の土地については月額二三二円(合計一万八五七六円)と評価した後、統制令による地代の統制額を昭和四七年から昭和四九年にわたつて算出して、これを比較対照の参考資料とし、地代値上がりの諸要因、継続賃料としての適正性・合意性、信義誠実の原則に基づく歴史的経緯、近隣における借地慣行・地代改訂慣行等を十分に考慮して、結論を導くに至つたものであること

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  <証拠>によれば、昭和四六年基準年度における固定資産課税台帳登録に係る価格は、本件(一)の土地につき三五六万五七二〇円、本件(二)の土地につき五〇三万七七六〇円であり、同基準年度における固定資産税課税標準額は、本件(一)の土地につき一二五万七二三六円、本件(二)の土地につき一八四万六一〇六円であつたこと、昭和四八基準年度において土地の評価替えが行われ、同基準年度における固定資産課税台帳登録に係る価格は、当初本件(一)の土地につき六〇六万一七二〇円、本件(二)の土地につき八五六万四一九〇円であつたが、後に都市計画街路予定土地に対する減価処理が行われて、本件(一)の土地につき四八七万四三七〇円、本件(二)の土地につき六八三万四八八〇円と修正されたこと、昭和四七基準年度においては土地の評価替えは行われなかつたこと、以上の事実を認めることができ、また、昭和四八基準年度における固定資産税課税標準額は、前記(一)の(3)において認定したとおりである。

右認定事実によれば、昭和四八基準年度においては本件(一)の土地及び本件(二)の土地に対する固定資産課税台帳登録価格・固定資産税課税標準額が従前のものと比べて著しく高額となり、したがつて、右各土地に対する固定資産税・都市計画税もこれに対応して増額されるに至つたのであるから、控訴人が昭和四七年五月に各地代を増額したばかりであることを考慮に入れても、昭和四八年六月一日当時の右各土地に対する各地代はいずれも不相当なものとなつたものと見るのが相当である。

してみれば、控訴人が昭和四八年六月七日ころ被控訴人らに対し各地代の増額請求権を行使したことは正当なものであつたということができる。

(三) ところで、適正な地代の額は、増額請求時における客観的な経済事情、当該賃貸借関係に基づく個別的な諸事情等を斟酌して算定されるべきものであるが、本件においてこれを見るに、まず、比隣の土地の地代については、<証拠>によれば、地主、(賃貸人)が異なるのに伴い、それぞれ異なつた単価によつて各地代が定められているが、控訴人を除く他の地主の場合においては、その各地代が控訴人の場合と比べて著しく低廉であることが認められる。右比隣の土地の地代は本件における適正な地代を算定するのにこれを無視し得るものではないが、前記(一)の(5)において認定したように鑑定人訴外堀内も、その評価に係る比準賃料より大幅に高額な額をもつて適正な地代であると鑑定評価しているのであつて、本件における適正な地代が右比隣の土地の地代と比べ著しく差異のあるものとなるとしても、それは、当該賃貸借関係における個別的諸事情の差異に基づくものと推認し得る点から見て、何ら異とするに足らないものというべきである。

次に、前記統制令による地代の統制額等を定める建設省告示(昭和四六年建設省告示第二一六一号)は、その年度の固定資産税課税標準額に一〇〇〇分の五〇を乗じて得た額にその年度の固定資産税額及び都市計画額を加えた合計額に一二分の一を乗じて得知額をもつて地代の月額の統制額と定める旨規定したため、地代の統制額は大幅に引き上げられることとなつた。それにもかかわらず、控訴人は、昭和四七年五月分以降の地代につき、右固定資産税課税標準額に対する乗率一〇〇〇分の五〇を一〇〇〇分の五五と修正して、右告示による算出方法に従い地代を算出し、これをもつて各賃借人に地代の増額を請求し、昭和四八年五月分までは被控訴人らを含む全賃借人から、同年六月分以降は被控訴人らを除く他の賃借人から右増額請求に係る各地代の支払を受けていたのである。しかして、統制令による地代の統制額は、統制令の適用のない土地の適正な地代を算定するに当たつても十分にこれを尊重し考慮に入れて然るべきものであるが、統制令の適用のない土地の地代を算定する場合において、右統制額を上回る地代を算定することが許されない理はないのであつて、控訴人が固定資産税課税標準額に対する乗率を一〇〇〇分の五五としたことは、対象土地が統制令の適用のない土地であることに照らし、これを許容し得る範囲に属するものと見ることができる。しかしながら、本件(一)の土地及び本件(二)の土地については昭和四八基準年度における固定資産税課税標準額が前記減価処理により後日修正されるに至つたものであり、<証拠>によれば、右減価処理による固定資産税課税標準額の修正の効力は昭和四八基準年度の基準日に遡つて発生するものと定められ、かつ、そのように実施されたことが認められるのであるから、右各土地の適正な地代を算定するに当たつては、右修正後における固定資産税課税標準額を考慮に入れて算定するのが相当である。なぜならば、控訴人が被控訴人らに対してした地代増額の意思表示は右減価処理による固定資産税課税標準額の減額修正の実施前になされたのであるが、右減額修正の効力が右基準日に遡つて発生したことにより右地代増額請求時においても右地代算出の基準とした固定資産税課税標準額の一部に欠損が生じ、当該部分については地代を増額すべき根拠を失つたものと見るのが相当であるからである。

(四) 右の点を考慮に入れると、控訴人のした地代増額請求時における適正な地代の月額は、昭和四八基準年度における前記減価処理後の減額修正に係る各固定資産税課税標準額に一〇〇〇分の五五を乗じて得た額、同年度の各固定資産税額及び同年度の各都市計画税額の合計額に一二分の一を乗じて得た額をもつて正当なものと認めるのが相当である。そして、右各固定資産税額及び各都市計画税額は、被控訴人らが当審において提出・陳述した各準備書面に添付された各固定資産税・都市計画税関係証明書によつて認められるから、右適正な地代の月額は

(1)  本件(一)の土地につき、固定資産税課税標準額二一二万四七二七円の一〇〇〇分の五五に当たる一一万六八五九円、固定資産税額二万九七四六円、都市計画税額九七四八円の合計額一五万六三五三円の一二分の一に当たる一万三〇二九円となり

(2)  本件(二)の土地につき、固定資産税課税標準額三一一万九九一八円の一〇〇〇分の五五に当たる一七万一五九五円、固定資産税額四万三六七八円、都市計画税額一万三六六九円の合計額二二万八九四二円の一二分の一に当たる一万九〇七八円となる。

原審における鑑定人訴外堀内は、右と異なる手法を用い、右と異なる鑑定結果を得たのであるが、諸般の事情から見て前記認定の算出方法により適正な地代を算定するのが相当であるから、右鑑定人訴外堀内の鑑定結果はこれを採用することができない。他に右適正地代額の認定を左右するに足りる証拠はない。

三したがつて、本件(一)の土地の地代は昭和四八年六月七目の翌日ころから月額一万三〇二九円に増額され、本件(二)の土地の地代は同日ころから月額一万九〇七八円に増額されたのであるから、控訴人の本訴請求は、被控訴人森に対し本件(一)の土地の地代が昭和四八年七月一日から月額一万三〇二九円であることの確認を求め、被控訴人鈴木に対し本件(二)の土地の地代が同日から月額一万九〇七八円であることの確認を求める限度において正当であり、これを認容すべきであるが、その余は失当である。

よつて、控訴人の被控訴人らに対する本件各控訴は一部理由があるから、原判決を控訴人の本訴各請求を認容すべき趣旨に従つて変更することとし、訴訟の総費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(安倍正三 長久保武 加藤一隆)

物件目録

(一) 東京都品川区大井三丁目四一六五番九

宅地 60.79平方メートル

(二) 東京都品川区大井三丁目四一六五番八

宅地 80.07平方メートル

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